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他愛ナイ日常

 まだ少女の面影が残るその者は、一年前の同じ日とは全く違った心持でいた。
 昨年の今頃は、初めての催し支度で手いっぱいで余り記憶に残っていなかった。
 いや、残ってはいるのだが、ご兄弟に叱咤されている記憶と催し事が天上のモノの様な印象だけだった。
 その者・・・事、浅木はる。彼女は宮ノ杜の客室で身支度を整えていた。

「どうかしたのか?」

 緊張を押し殺すように姿見で服装を確認していたはるに、婚約者である宮ノ杜家の長男である正が声をかけた。

「おい、はる。」

 しかし、愛しき者のはずの正の声など届かないと言う様に、はるの意識は姿見だ。

「はぁ・・・はる。」
「ひゃい!!」
「くっ・・・なんだ、その返事は」
「うっ、ひ、酷いです。正様っ」

 いきなり背後に立たれて裏返った声で返事をしてしまい、はるは頬を染めて羞恥に耐えた。

「ちゃんとノックはしたぞ?それでも返事が無いから心配したんだろうが。」
「すみません・・・あの、その・・・」
「良く似合っている。」

 身形を心配する彼女に正は微笑みながら言う。
 今日は年に一度の本条院主催の茶会の日。
 はるは、何時の間には仕立てられていた新しい振袖に身を包んでいた。

「・・・そんな世辞を言ってくださるのは正様ぐらいです。」

 田舎生まれ田舎育ち。そして、宮ノ杜の新人使用人・・・こんな肩書の自分が、宮ノ杜の当主になろうとしている長男の正様と不釣り合いなのはよく分かっている。

「そのような事は無いだろう。」
「ありますよ。」
「私が嘘を言っていると?」
「違います!!」

 眉を寄せる正を見たはるは慌てて否定の言葉を紡ぐ。
 地味な顔立ちをしていると自負するはるだが、回りからしてみれば着る物によって映える顔立ちである。
 昨年行われた舞踏会で、その事は周知の事実で、正もそう思っている。
「本当に、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ綺麗だ。」

 触れるだけの口づけと共に正がそうささやけば、はるは耳まで真っ赤に染め上げた。

「正様・・・」
「そこまで、緊張する必要もないだろう?」
「緊張しますよ。・・・花見の時にいきなり皆さんの前で・・・婚約したなどと・・・」
「ん?いいだろう。父上から許可も得たのだから。」
「うぅ・・・」

 二人が恋仲だと言う事は知らぬふりをしていた喜助を含め、玄一郎と兄弟と平助、千富とたえしか知らなかった。
 しかし先月、新当主お披露目を兼ねた花見の時にちょうど良いと言う様に婚約を発表したのだ。
 回りの反応は、九十九院の嫡男が芸鼓を妾ではなく本妻にした事も有り、時期当主に正がなる事と共に使用人が本妻になると知っても、非難よりも「またか」と呆れが勝っていた。
 だから、はるが気にする必要など無い。
 むしろ、正の取引先の者達や宮ノ杜に所縁の有る者達にとっては「他社の令嬢に持っていかれるよりは良い」と言う者の方が多く、感謝こそされても恨まれる事はない。
 どちらかと言うと屋敷で一緒に働いていた者の目の方が痛いモノだった。

「茶も本条院に一か月集中して習ったのだろう?」
「正確には二十日足らずです。」
「今日は茶を点てないのだから・・・」
「それこそ泣いてしまいます。」

 昼間はトキにつきっきりでならい、夕方は勇や茂に教えてもらい、それでも一通りの礼儀作法を覚えてこなすので精一杯だった。

「本当に付け刃なんです。予想外だったんですからね。本当に」
「くっ・・・あの時のお前の顔は見ものだったな。」

 婚約発表は本当に不意打ちだったのだ。
 宮ノ杜を出て行こうとした日。正に引きとめられ、「何とかする。」と言う彼の言葉を信じて残る事にした。
 正は何もせず残ってくれるだけで良いと言ったが、はるはただ残るのは忍びなく思った。  なので、二人で千富に事情を話して、正様専属の仕事だけという条件付きで使用人を続けさせてもらったばかりだった。
 はるは何とかするにも時間がかかると思っていたし、婚約発表も事前に言っていただけるものだと思っていたので、本当に拍子抜けの出来事だった。
 自分は使用人の服装で、彼は当主お披露目に合わせて新しく仕立てた漆黒のスーツ。
 嬉しさと恥ずかしさと居た堪れなさと・・・気が遠くなるのを必死で引きとめるのでいっぱいいっぱいだった。

「それは私の台詞です!」
「ははっ」

 してやったりと言った様な悪戯っ子の様な笑み、正の可愛い一面を見れたと思う間もなく回りの空気にのまれたのだ。

「部屋だって、もう少し居る予定でしたのに。」
「私は、同室になれると思ったのだが・・・」
「ダメです。」

 婚約を発表したその日の内に使用人を辞める事になり、宿舎を出なければならなくなった。
 その時はもう、元当主の玄一郎は別当へと住まいを移していたし、正が当主の部屋を使っていた。
 婚約を発表した事でもあるし、昔当主夫人が使っていた部屋であるなり、正と同じ部屋を使うなりすれば良いのだが、はるはそれを許さなかった。

「全く、酷いな。」
「た、正様に言われたくありません。ケジメは大切なんです。」

 実家に帰る事も出来ないので結局、客室の一つを使わせてもらうと言う事で決着したのだ。

「分かっている。お前はなんだかんだと言って頑固だな。」
「だって、正様と一緒に居たら甘えてしまいます。」
「ん?」

 いつもは子犬がじゃれつくように正についているはるだが、一度決めたら頑として変えない。
 融通が利かないのとは違い、またその決めた事も正優先なので、決して正を苛立たせるものではなかった。

「正様は願っていた通り当主になられました。」
「あぁ」
「私は、ただ隣に居られれば良かったんです。」
「そうだな。」
「主人と使用人、それ以外望んでなんか無かったんです。でも、私は欲深いから・・・もっと欲しいと思ってしまうんです。」
「私としてはもっと欲しがって欲しいと思うのだが」

 はるを後ろから抱き締める形で正は話を訊く。
 回された腕を、与えられた温かさを感じながらはるは思っている事を言う。

「私は、“宮ノ杜当主と結婚するのではなく、正様の奥さんになる。”そう思っています。・・・でも、回りはそれを許してはくれません。」
「・・・すまない。それでも私は両方が欲しかったのだ。当主の座もお前も。」

 泣きそうに言うはるを少しだけ強く抱きしめ、正は謝罪の言の葉を紡ぐが、はるは直ぐに否定の言葉を放つ。

「いえ、謝らないでください。正様が当主になる事も、正様の奥さんになる事も私が望んだ事なんです。」
「無理ばかり強いるな、私は・・・それでも私はお前を好いている。」

 はるは首を横に振る。

「ただ、私自身が正様の恥になる事を私は許せない。だから、ちゃんとしたい、ちゃんとしたいのに、正様は私を甘やかせるから。」

 正ははるの顔をよくよく見てみると、少し照れたような拗ねた顔を向ける。
「最近の正様は飴ばかりくださるから、私太っちゃいます。」
「くっ・・・そうだな。もう鞭の持ち方すら忘れてしまったようだ。」

 飴と鞭は使いようとはよく言ったもので、はるが使用人としてきたばかりの頃は鞭が多く、たまに見せてくれる飴がとても甘かった。
 両手の人差し指同士をもじもじと合わせながら、はるは正を見上げた。

「まったく、お前は無防備なのだから・・・お前さえ許せば押し倒したいところだ・・・」
「だっダメです!!茶会が!!」

 照れたように言うはるだが、自分の言葉に引っ掛かりを覚え、よくよく考える。

「茶会・・・」
「あぁ、そうだ、呼びに来たんだった。」

 茂や雅と違い正は素で忘れているから達が悪い。もっとも、身形を気にして時間を忘れていた自分が一番悪いのだが。

「たっ正さまぁぁぁ」
「どうも、お前の事になるとその他はどうでもいいらしい。」
「そういう問題ではありません。」

 はるは緊張していたことなど忘れて、正と一緒に庭に向かった。


 ≪宮ノ杜正×浅木はる≫
 正様が使用人と婚約と発表しても、紀夫さんと紅さん夫婦の事もあるし、他の権力者に持ってかれるよりは・・・なんておもちゃったりします。
 まぁ、なんだかんだと言ってED後一番サクサク勧めて結婚してしまいそうですね・・・。
 いや、一番は茂様か押しかけ婚(笑)・・・その次が勇様の強行婚(爆)、正様で進様と言った感じでしょうか。
 進が一番ちゃんと順序を踏んでいる件(苦笑)
 上三人は付き合っていると言う時間が無い←←切羽が詰まっているのかと言いたくなるわ(笑)