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心の隙間を埋めてほしくて

 正を見送った後の食堂はどよめいていた。
「千富さん。本当にお医者さんを呼ぶんですか?」
「えぇ。」
「馬鹿げているな。」
「そうでございますか?」
「なに、理由知ってそうじゃない?千富さん。」
「なんと言いますか・・・」
 食堂に残された兄弟の質問に内心喜々としつつ千富は答えていく。もちろん無駄な事は話さず。
 しかし、今まで誰が何を言ってもやっても興味がない、我関せずでしたのに・・・
 話題で持ちきられるとは、嬉しい限りなのかもしれませんね。
「新婚夫婦で奥さん元気なのに医者って言えばすぐに分かるでしょう。」
「こら、たえ。」
「申しわけございません。お医者様は一時間ぐらいで来られるそうです。」
「そうですか、お部屋の準備をお願いしますね。」
 千富に頼まれて、お医者様に自動電話機で連絡を入れていたたえが、食堂に戻ってきてすぐさま呆れたように言った。
 はるの影響が出てきたからか、元からの性格からか・・・たえは最近では兄弟に対してすきあらば思った事を口にするようになった。とくにはるの話題に対してはそれがよく分かる。
「えっえっまさか、おはるちゃん」
「まだ分かりませんよ。」
 確証を得てからお伝えずるべきだと思っていましたのに、どういたしましょう。
 さらっとばれてしまい、千富はいたたまれなかったが、ばれてしまったモノは仕方が無い。問いに答える。それが今の仕事だった。
「ですが、正兄さんはどうしてそう思ったのでしょうか?」
「千富。」
 答えるべきかと悩んでいると、その心を見透かしたように勇に名を呼ばれた。
「はい。・・・静子様が茂様ご懐妊中ははる様同様苛立たれる事が多ございました。」
「え、そうなの?」
「はい。他の大奥様方も静子様ほどではありませんでしたが、お気を落とされる事など、大なり小なり情緒不安定な時期が御座いました。」
「覚えておらぬ・・・。」
「勇様は五歳になられたばかりで、静子様に怒られるのがお嫌いでしたので。その・・・」
「逃げてたの!!」
 言いにくそうになった千富の声にかぶさる様に茂が面白おかしく言う。
「!!・・・と、と言う事は、正兄さんは其の事を覚えていたと言う事ですか?」
「えぇ。よく機嫌の悪い静子様にお水をお持ちしていましたしね。」
「まさかぁ」
 茂の視界に入らない所で勇が真剣に手をかけたのに気がついた進は焦って会話を続け、もちろん千富もそれに乗じて会話を続けた。
 正とはるの話題ならば茂を痛めつけるよりも食いついてくるはずだ。と・・・焦る進を背に茂はひょうひょうと話を聞く。
「旦那様は、どの大奥様がご懐妊中の時にもよくお水を持っていかれていました。」
 歳をとると昔話が楽しくなるもので、千富は微笑ましい顔で話を続けた。
 弟妹などいらん。そう呟きながら調理場まで来て水をせがむ姿はお可愛らしかった。
「大旦那様は余り干渉なさいませんでしたから。」
「だろうね。」
 父親に抱かれていると言う状況が頭の中で想像すらできないでいるのだから。
「代わり。と申し上げてはならないとは思うのですが、大旦那様ではなく旦那様がお生まれになった茂様をよく抱いておられましたよ。・・・そして構ってもらえない勇様が茂様に悪戯をなされて、旦那様に怒られておりました。」
「それは微笑ましいですね。」
「え、でも。おはるちゃんの妹達を泣かせると言う正兄さんだよ!!」
「しかし、旦那様はお子様が嫌いな様では御座いませんから・・・奥様の妹君が旦那様を苦手なだけはないでしょうか?」
「本当・・・なのか」
 あの頃は、何をするにでも結局は旦那様のあとを追いかけられていた、勇様と茂様。
 信じられないと絶句している上二人を横目に進はこれでもかと言う笑顔をしていた。
「それを見ておられたからか、勇様は進様の面倒をよく見ておられました。」
 当事者たちは気が付いていないが、勇が何でも「進、進」と言うのは実は進が警察官だからでも母が庶民だからでも無く、実は幼い時のやり取りが原因であり。又、勇は弟の中でも進を一番弟だと言う扱いをしてるとは千富言えないでいた。」
「博様は茂様と進様がよく面倒を見ておられましたが、雅様は・・・」
「勇兄さんは抱っこするの怖がっていたよね。」
「なっ!!」
 さすがに記憶がはっきりしている年齢であった茂が勇を懲りずにからかう。
「えーそうなのですか?自分は余り記憶が無くて・・・」
「そうなんだよ。っで、結局正兄さんが抱っこしていた気がする。ね、千富さん」
「はい。そうでございますね。」
 弟様が生まれるたびお抱きしている写真があるとは、旦那様の為に言わない方がいいのかしら・・・
 申し上げれば、確実に旦那様より弟様方の方が痛手を負いそうですし・・・
「進は泣き虫だった博の面倒で大変だった頃だろう。」
「勇兄さんが博に怒鳴っていたのが原因な気がするんだけど。」
「それも覚えていませんよ。気がついた時には博は雅を虐めていましたし、第一、一番古い記憶ですでに正兄さんも勇兄さんも大人です。」
 雅があぁ言う風に使用人を虐めるのが趣味になった原因の一つなんじゃなかろうか・・・。
「あはは、そだね。十歳差だと言えてる。」
「正様は勇様の時は記憶になくても、茂様の時の事はおぼろげにでも覚えていらっしゃるのでしょう。」
 とりあえず、昔のように仲が良く戻られた事は嬉しい限りですわね。
「結果、気になるよね」