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心の隙間を埋めてほしくて

「はる」
 はるを落ち着かせるために正は自室へ連れて行き、ベッドに座らせた。
 視線を合わせやすくするために自分は床に膝をつき、はると向き合おうかと思ったが、きっとはるはそれを嫌がるだろう。
 分かっている。
 彼女が無理をしている事は。背伸びをしている事も。
「迷惑にはなりたくないんです。」
 膝の上でギュッと拳を握る。
 正はそっとはるの隣に腰がけた。ベッドが軋む音がいやにはっきり聞こえる。
「この間の事か?」
 やっぱり知っていた。
「クッ・・・目を白黒させている夫人方の顔は見ものだった。」
「へっ??」
「元使用人は口応えしないとでも思っていたのだろうな。・・・あぁ気にするな、私の妻の気分を害させたのは誰か・・・と、キツク灸をすえておいたから気にするな。」
 なんて事を、子会社とはいえ、共に宮ノ杜を支える会社の方々に・・・
 そんな。と口にしそうで不安げなはるの肩を抱き、正はきっぱりと言った。
「まぁ、九十九院以上の家柄のモノに歯向かうのは勘弁してほしいがな。」
 宮ノ杜に並べるのは九十九院と言われていて。その家柄に並べるのはやはり宮ノ杜だけで、それ以上の家柄と言えば無いに等しい・・・。
 気にするなと言っても気にしてしまう事を考え、一番はるが気をかけない答えを正は言う。
「すみません・・・。」
「いや、はるが傷つかない事が一番大切だからな。」
「ありがとうございます。」
 優しくて優しくて、優しい。
 自分が愛した人は間違っていなかったと。はるは瞳を閉じて正に体を預けた。
「っで、怒った原因はなんだ?」
「はい?」
 落ち着いたのを見計らったかのように問われたのは、食堂で怒った原因についてだった。
「私は怒れたのだとあいつらに言われてな。お前に怒られるのなんて初めてで気がつかなかった。新鮮だったぞ。」
「あれはですね、その・・・良いんです。」
 結局はこないだの晩餐会に繋がるので、怒りも何も無いのだけれど・・・。
「良いのか?」
「・・・その、なぜ、私も週末の晩餐会につれて行ってはくださらないのかと・・・」
「ん?何だ。行きたかったのか?」
 言うつもりじゃなかった。本当に子どもみたいな理由だったから。
 だけど、優しく問われれば答えないわけにはいかなかった。
「私は良いぞ、行くか?と言いたいんだがな・・・」
「何かあるんですか」
 やっぱり邪魔だからか・・・と、やはり気落ちしてしまう。
「場所がやす田でな。私が妻を連れて行くと回りが気を使うだろうと。」
 やす田、接待をするのはあくまでも芸妓だけれど、その後遊女と戯れる方も多い・・・って静子様に訊いた事がある。
 もちろん、そう言う方も多い事を考えれば妻を連れて行けば、おかしな噂を立てられると嫌がられる方も居るに決まっていて・・・
 この場合はついて行く方が大変迷惑・・・。
「まぁ、そう言う事だ。私の事が心配なら茂にでも見はらせていいぞ?家寿田にでも。二人とも座敷に来てもらう事になるだろうからな。」
「い、いえ・・・」
 口を魚の様にパクパクさせているのをはるを見て正は微笑ましく思った。
 仕事の一環なのに「行かないで」と言われたら正は焦り、困るだろうが、はるはそう言う所は心配いらない。
「はーる。もう一度言っておく。私はお前が邪魔だからなんて思っていない。」
「はい。」
「それに、大人ぶらなくても良い。」
「はい。」
「前々から言おうと思っていたんだが、雅と仲が良すぎだ。距離を置け。」
「はい?」
「後、用が無いなら博への手紙も控えろ。」
「は、い・・・??」
「あぁ、三治とたえの事が気になるからと言って・・・進に安易に近づくな、特に酒が入ってる時。」
「え、う???はい。」
「茂と勇には言わずもがな、用が無い限り近づかんで結構。」
「・・・はい。」
 あれ?えっえ??
 途中から私情になっている様な??でも、まさか、正さんが・・・
 訊き返そうにも、返事をちゃんと返せと言う視線を向けてくるし。
「どうせ、歳の差なんてか・・・雅も痛い所を付くものだ。」
「・・・え?」
「すまん。途中から、単なる嫉妬だな。」
 え、そんな・・・私は嫉妬していただけるような人間じゃ・・・
「そんな、嘘だと言わんばかりの表情をするな。本当の事だ。私はな、もっと遅く生まれていれば・・・なんて、思った事も無かったんだ。」
「??」
「私は今まで色んな事があったが、それでも宮ノ杜の長男で良かったと思っていたんだ。」
 正は当主争奪戦が行われたまでを思い出していた。
 それでも、それで良かったと思っていたのだが、はると出逢い恋をして変わった事もあったのだ。
「だがな、私が博の様にはると同じ歳であったのなら同じ目線でいられたのか・・・もっと、俺が若かったらなんて・・・。思うこともある。」
「正さまっ」
 私ばかり追いつきたいなんて馬鹿だ・・・。
 私が正さんの事をもっと知りたいと思う様に、正さんも私を知りたいと思ってくださっている。
「はる。私はお前が想っている以上にお前に溺れているんだ。」
 自然と涙があふれてくる。
「言っただろう?愛していると。」
 さっきと違って嬉しくて嬉しくてあふれだす。
「愛している。はる。」
「正様正さま正しゃまっ・・・」
 必死で涙を拭うが、それでも止まらない。
 微笑んだ正の指で拭ってもらえば、何も考えられなくなって、ただ愛しい彼の名を呼ぶ。
 どうすればこの想いが伝わるのだろう、愛しているだけじゃ抑えきれない・・・
「ほら、また呼び方が戻っているぞ。知っているだろう?私がどう呼ばれると嬉しいのか・・・」
「ただし、さん。」
 はるは正の首に抱きつき、そのままベッドへ倒れ込んだ。
 自然と互いの唇をふれ合わせる。
 あぁ、幸せすぎてどうしよう。
「まったく、これから心配事が増えると言うのに・・・まったく」
「??」
 正の独り言の様な言葉にきょとんとしていると、軽いノックと共に使用人の声が聞こえた。
「旦那様、お医者様が居らしゃいましたが・・・」
「あぁ。今行く。」
「正さん、何処かお悪いんですか!!」
 正はいつものように返事を返すだけだったが、はるが驚いた。
「クッ・・・ははっ。私じゃない。はる、お前だ。」
「私、ですか?」
 正ははるを見上げる体制で笑う。
「だから、鈍いと言うんだお前は。」
「ひゃっ」
 ベッドの上で、コロンっと回り、いつの間にか正に押し倒されている状態になる。
 この体制の意味も、言ってる事も、まったくもって分からない。
「なんだ、思い当たらないのか?それとも医者を待たせて、今から俺を受け入れればわかるのか?」
「!!!!!!」
「まぁ、そう言う事だ。思い当たるか?」
 自分の手に正の手を被せるようにして自分の下腹部に優しくおかれ、耳元で囁かれれば、さすがのはるも何が言いたいか直ぐに分かった。
「まったく、こう言うのは本人が一番分かるかと思うんだがな。」
 はるは、起き上がると必死で指折り日にちを数える。
 あぁ、やっぱり幸せだ。


 少しずつ心を埋め尽くして行く甘い蜜。