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心の隙間を埋めてほしくて
夏に向けてジメジメとし始めた梅雨真っ只中。
その日も梅雨独特の香りを伴った雨が降り注いでいた。
宮ノ杜の六男は朝から機嫌が悪く部屋に閉じこもっているほどに。
「正さんのバカバカっ」
朝食時の他愛ない会話の途中で宮ノ杜当主夫人のはるは突然立ち上がり、食堂を後にした。
長男である正が当主になり、はると結婚してから約一年。冬には母親であるサナ江と和解したばかりである。
「正さんなんてもう知らないんだからぁ」
まだまだ新婚である二人には珍しい会話であった。
バタバタと走り出たはるとは逆に、夫である正は冷静であった。
「・・・はる、雅に似てきていないか?」
いったい何なんだ?
「んーまぁ、博が居ない分雅のおもちゃになってるからねぇ」
独り言のように口にした言葉に答えたのは三男の茂だ。
「雅だけでなくはるにも言葉使いを注意せねばならんな。」
「勇兄さんにいわれちゃーおはるちゃんも可哀想だね。」
「どういう意味だ茂。」
「どう言うって・・・ねぇ。進?」
さほど興味もないという風に言葉を紡いだ次男の勇に言葉を返した茂だが、言い返されてとっさに弟である四男の進に話を振った。
「・・・え、自分ですか・・・えーっと・・・と言いますか正兄さん、良いのですか?はるさんをほおっておいて。」
「んーいかんだろうなぁ」
とりあえず、勇の話にのると自分が痛い目を見る事は今までの経験で十二分に理解している進は話を正に戻した。
勇はチッと舌打ちをしつつ食後の茶を啜っている。
「何を呑気にしておる。あれが騒げば面倒だ。夫ならばなんとかしないか。」
「ふむ・・・そうだな。」
何とかしろと言われても、はるは動揺したら回りが見えなくなるのは約二年前の夏から知っている。
いや、五月に辞めたくないと泣きついてきたときからか・・・
「って正兄さん、余裕だねぇ」
冷静どころか全く動じていない正に茂は驚きの交じった声色で言う。
「はるさん、相当怒ってますよ?」
進がさらに追い打ちをかけるように、又、追いかけるようにと言う意味を込めて言った。
「ん、あれは・・・怒っていたのか?」
「「ちょ、兄さん!!」」
これほどまでに声をそろえた事が無いと言うほど、茂と進の声が揃っており、勇ですら「正、正気か」と口にするほどの驚きが部屋に満ちた。
「いや、はるが拗ねるのはいつもの事だからな。怒る様を初めて見た。」
「そう言えばそうかもねぇ。」
いたって普通に答える正に茂もついつい普通に言う。
面白いモノを見た・・・。
あれは、怒っていたのか。
何時も怒っているようで、結局は拗ねているだけの可愛い妻。
いつもくるくると表情が変わる、本当に怒ると言うのは初めてだな。
「そんな怒らないはるさんを怒らせてるんですから一大事なのでは・・・」
夫が冷静沈着で三男はひょうひょうとしている分、四男進がオドオドと一番場にふさわしい反応をしている事に使用人たちは苦笑いを隠しきれないでいた。
「原因はなんだ、正。」
「わからん。」
「わからんとはなんだ!わからんとは!!」
と怒鳴られても正にはさっぱりわからない。
原因原因、理由?
今さっきも他愛ない会話をしていただけだ。
来週の週末に銀行の取引先との晩餐会があるから週末は仕事と接待で遅くなる、その代わり週明けに休みを取るからと・・・。
何か自分が忘れているからかと思い、後ろに控えていた使用人に「何か予定があったか?」と尋ねても「存じ上げておりません。」と返ってくる。
はるは記念日を祝うと言う外国風の週風には疎いうえに、特に来週末は何の日でもない。
別に休まないと言っているわけでもない。
なら、今の会話で何が喧嘩になるか分からない。
「最近特に情緒不安定っぽかったからねぇ・・・誰かさんの帰りが遅いから。」
「でも、正兄さんが帰るのが遅いのはいつもの事ですし、それに、結婚されてからは早くなりましたよね?」
「そだね。俺が仕事行く前までに絶対帰って来てたし。」
茂と進はこそこそと、しかし正に聞こえるようにはるの機嫌を損ねた原因を推測する。
「私自身怒られる理由がわからん。」
いい加減にしろ、と二人に言う正だが。本当に理由が分からずむしゃくしゃしていた。
結婚してから週末は必ず休みを取っていたし、銀行の仕事が残っていても早い目に帰り、自宅で仕事をするようにしていた。
当主としての雑務も自分一人ではできない部分はなんだかんだ言って弟達が手伝ってもくれていた。
無理どころか、順風だった。
「本当に機嫌が悪いだけ?八つ当たり?」
「正兄さんに八つ当たりとは、さすがと言うかいやはや・・・大物ですよね。」
「たいした女になったものだ。」
八つ当たり・・・八つ当たり?
理不尽に怒って、機嫌が常に悪い。
むしろ、子犬がキャンキャン叫ぶように怒る・・・と。
「しかし・・・あの理不尽な機嫌の悪さには覚えが・・・」
過去に誰かに同じように八つ当たりをされた様な・・・それも長々と・・・この私が。
そして、世話を焼いたのもこの私で・・・
「なになに、何があったの?」
「はるじゃなくてだな・・・」
はるじゃない、もっと昔だ。もっと自分が幼い時に・・・
「あーうるさい。正、さっさと謝ってこないか。」
折角の休みだが雨。梅雨の湿気でただでさえイライラとすると言うのに回りがうるさく、とうとう勇が怒鳴った。
「あっ。いや、まさか・・・しかし・・・」
「どうしたんですか?」
何か思いだした正だが、確信が無い。と口にはせず口元に手をやり考え込んだ。
「ただしぃ」
「あぁ・・・分かった。」
頭に角が見えるほど怒っている勇に言い返すのも面倒だと、正は重い腰を上げた。
正はドアの前で使用人が扉を開けるのを待ち、一度廊下に出たが、ドアが閉まるのを見届けるより先に、振り返り扉を抑えつつ食堂に残っていた千富を呼ぶ。
「すまないが、医者を呼んでくれるか?」
それでも言うか言わ無いか悩んだすえ、言った言葉がそれであった。
「ちょ、正兄さん。おはるちゃんの機嫌が悪いだけで医者!!どうかしちゃった!?」
「医者を呼んでも馬鹿は治らんぞ。」
「二人とも言いすぎですよ。」
さすがに、と食堂に残る三人は口ぐちに言うが、言われた千富はただほほ笑んだ。
「・・・はぁ。千富。」
「はい。心得ておりますわ。」
色々面倒だと、正はため息と共に全て千富に任せた。そして、その全ての意味をきちんと受け取った筆頭使用人は「さ、奥様の元へ」と催促するように扉の元へ寄った。
「さすがだ。よろしく頼む。」
「ちょっと、正兄さん!!」
部屋には本当に何もわからないと言う三人が残った。
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